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滝上寺と浄徳寺


本願寺の吉野地方進出は鎌倉時代に始まり、法光房聖空が1220年に善城に滝上寺を開創した。

再度の吉野地方の教化が、1468年より本願寺第八代門主蓮如上人によって始まり、1495年に吉野三僧(善城滝上寺浄空・越部弘願寺教俊・新住宮前寺教円)の力をかり開基した。その間、1475年より蓮如上人の大和巡錫があり、下市の里人たちは上人の教化をうけ、郷土のうち得度を受けたものもあった。小路浄徳寺開基善南もその一人である。

下市村では、滝上寺によって開かれた寺が多い。栃原円光寺は滝上寺開基聖空によって1222年に開かれ、岩森正福寺と立石正覚寺は十三世浄久によって1595年に開かれ、原谷正源寺と梨子堂円正寺は、十五世浄尊により1659年に開かれた。

そして、小路浄徳寺は梅本氏によって開基され、御料荘司の公職をもちながら私人として門徒となりながら、郷村組織の門徒集団に参加し、滝上寺の下についた。また、植村氏によって開基された大乗寺や、立石西法寺・原谷西福寺・高原高原寺も転派等により、門徒集団に加わった。

その後、本願寺より寺号の公称を許可された1691年から1709年の間に、下市村では小路・l邑・立石・梨子堂・栃原・原谷の寺々は、願行寺門徒滝上寺下(滝上寺末寺)となった。